修験の山・岩櫃
岩櫃は、古来から修験文化の宿る敬虔な山。岩櫃城の支城で「岩鼓の要害」といわれる柳沢城の下には、岩櫃城の鬼門(東北)の鎮守として建てられ「観音様」と親しまれる瀧峩山金剛院不動堂がある。600年前に建てられたという。また天狗の丸には「岩櫃神社」があり、山頂近くにはかつては祈祷の祠もあり、現在は原町に移った善導寺もかつては岩櫃城の鬼門・切沢にあった。このように信仰と深く関わる岩櫃のなかで、とりわけ、謎と伝説に包まれているのが「密岩神社」。
謎と伝説、断崖の社
奥宮といわれる古くからの神社は、東吾妻町郷原古谷地区からの密岩通り登山道の中腹にある。崖の岩の中に造られた社で、だれがどうやって造ったのかは謎。現在は落石により損傷が激しく、しかも参道も脆く危険で、行く事ができない。遠くからその様子をうかがうよりほかにない。しかし、古くから密岩神社を慕う地域住民の厚い志により、2011年5月に、よりお参りがしやすい古谷地区の中心地に里宮が設けられ、遷宮が行なわれた。
岩櫃随一の撮影スポット
秘境の社・密岩神社奥宮をお参りできないのは残念だが、ドーンと聳える芸術的な岩櫃山を背景にする密岩神社里宮は、修験の山と一体となった神聖な佇まいを感じさせる。NHK大河ドラマ「真田丸」の撮影クルーは初めてここを訪れ、その迫力に、そのスピリチュアルに、一同が一様に嘆息を漏らした。岩櫃山の迫力ある山容、それが日本の信仰と結びついている精神世界、その両面が1枚の絵に同時に映し込まれたかのように、心象的に魂を揺さぶる場所といえる。
大隅桜の無情を味わう
密岩神社里宮から5分ほど歩くと、幹の太さが吾妻地域で最大の桜「大隅桜」があります。
岩櫃山のエコツーリズムに尽力されているNPO法人「浅間・吾妻エコツーリズム協会」によるとエドヒガンザクラの巨木で、高さ18メートル、幹周り7.4メートル、根本回りは10.9メートル。推定樹齢は300年以上なのだという。真田信繁様の壮絶な最後を脳裏に思い描き、この老桜が岩櫃をバックに散らす桜吹雪を見る。そこで何を感じるのか? どんな声が聞こえるのか? そこには間違いなく歴史ロマンの醍醐味が凝縮されているに違いない。